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「2019年スリランカ20周年の旅③」

2020-01-24 更新
旅の達人、ハルさんこと福島晴之氏のコラム『One Earth』
2020年最初のストーリーは、「2019年スリランカ20周年の旅」をお届けしています。

初めてスリランカに訪れてから20周年の節目の旅はハルさんも思い入れが強く、今回で3話目。
ローカルのマンボーと共にスリランカ初のサーフショップを作る経緯などを語ってくれています。

当時はまだ内戦が行われ、ビジターサーファーがほとんどいない時代。
貴重な体験がたっぷりと綴られています。



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(ヒッカドゥワの波)


1999年、32歳で初めて行ったスリランカ。

その年は20代の時から貯めていた軍資金を手にユタ州のスキー場でスノーボードを楽しんだ後、ハワイ、インドネシア、オーストラリアなど7か国でサーフの旅をしていた。

そして、6月にヒッカドゥワから300kmほど離れた南東部にあるアルガンベイというサーフポイントに1か月ほど滞在した。

当時、内戦中だったスリランカは南東部に位置するアルガンベイも時たま近くで戦闘があるようで、ヒッカドゥワからの道中5カ所以上ライフルを持った兵士が何人もいる物々しい検問を通らなければならなかった...。

彼らが見たこともないだろうサーフボードケースを怪しまれ、その都度キャリアから下ろして中身を説明しなければならないほどだった。

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(アルガンベイは猿が多い)

ようやく辿り着いたアルガンベイはジャングルに隣接する大自然の中にあるサーフビレッジだった。
ライトで波の小さい時のJ-Bayに似ているため、「A-Bay」と称されることもあったそうだ。

内戦中だったため、アルガンベイに来るサーファーは少なく、僕が1か月滞在していても毎日海の中で会うメンバーは同じだった。
ポイントの前にはお茶屋が1軒だけあり、みんな、そこにサーフボードを預けて毎朝手ぶらでポイントにやって来る。
朝から夕方まで、海に入っていない時間はそのお茶屋で時間を過ごす人が多いので、みんなが仲良くなった。

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(スリランカ南東部の海岸)

ある満月の晩、CDを沢山持ってきている僕がDJになってパーティを開いた日があった。

焚火と月明かりだけで滞在していたほぼ全員(30人ほど)が集まってパーティをしたのだ。
夜明け前には、僕や他のサーファー達は酔って砂浜の上で倒れて寝てしまっていた...。

朝、波の音で目が覚めると目の前はアルガンベイメインポイント。
たまにチューブを巻きながらブレイクしているのに、昨晩のパーティ疲れで海には誰もいない...。

今では考えられない光景がその当時にはあった。
地球のエッジ(果て)があるとしたらきっとここのことだろうと思った。

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(スリランカのカレー)

ある時、仲良くなった地元の漁師サーファーにオカンダというサーフポイントに漁船で連れて行ってもらった。

波は貸切りで良かったのだが、ホテルも民家もないジャングル。更に泊るところがお寺の庭。
自炊して就寝すると毎晩のように番犬がけたたましく吠えるのだ。

朝、目が覚めて砂浜を散歩するとすぐ近くに象の糞があった。あの吠えていた犬は象の気配を感じていたのだ...。

僕は自分と象のうんこの大きさを比べるべく、’象のうんこの横に自分もしてみた’
そして、自分の小ささを改めて知った...。

アルガンベイでは1か月間の間、一切鏡を見ない生活を送り、「俺ってワイルドだろう!」ってちょっと浸っている自分がいた。

そんなアツい時間を過ごしたもんだから、僕はもうスリランカの虜になっていた。
すっかりマンボーとも仲良くなっていた。

ある晩、お互いの夢の話になった。

マンボーは「スリランカにはサーフショップが無いからサーフショップを作りたい」、僕は「世界中をもっともっと旅したい」と。

1か月のスリランカ滞在を終え、次の目的地で旅を続けていたが、あのマンボーの言葉が頭から離れなかった。

「もし俺達がサーフショップを作ったらスリランカで第一号のサーフショップになるってことだよな?」
そんな会話もしたと思う。

そして、僕は2ヵ月後の9月に再びヒッカドゥワに行くことにした。

マンボーとの話は段々具体的になっていった。
マンボーは「嬉しいけどよく考えるように」と忠告してくれたし、前回の話に登場した松永さんも同意見だった。

一体いくらあればサーフショップができるんだ?

建物のリニューアルに50万円くらい。まだ手元に150万円くらい残っていたから、商材を買ったり作ったりしても100万円あればなんとかなるだろう。
数ヶ月考えていた答えを出す時が来たのだ。

僕はアフリカの旅に出掛ける計画もあったのだが、それを中断してマンボとスリランカ初のサーフショップを作ることに決めた。

続く。

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