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「2019年スリランカ20周年の旅④」

2020-02-01 更新
旅の達人、ハルさんこと福島晴之氏のコラム『One Earth』

前回の第3話目ではスリランカに魅了されたハルさんが意気投合したマンボーと夢を語り合い、「スリランカにはサーフショップが無いからサーフショップを作りたい」という彼の言葉をきっかけに夢を現実に変えるための具体的な話が進み始めていました。

第4話目はその話が行動に移り、一気に現実味を帯びてきた話。
その行動力には感服するばかり。

夢を夢だけで終わらせないためのヒントにもなりそうです。




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(大勢の仲間達)

1999年9月、僕は7か月間のサーフィン放浪の旅を一旦終えて日本に帰国した。

働いていた職場、友人。そして、親に自分のスリランカで初めてのサーフショップを作るという決意を伝えた。

友人たちは面白そうだと応援してくれたが、他の人達は思った通りの猛反対だった。
しかし、今まで経験したことのないような熱い気持ちがあったので、全くブレることはなかった。

最後に親父が「30を超えた奴に何を言っても聞かないよな」と放った言葉がいまでも耳に残っている。
最終的にはみんなを納得させることに成功した。

そうとなれば日本に滞在している時間などもったいない。
僕はパソコン、商材になるだろうOakleyのサングラス、SEXワックスなど80㎏近い荷物を調達して再びスリランカ行きの準備を始めた。

当時は航空会社のオーバーチャージは今ほどきつくなかった。自前に航空会社に電話を掛けて「スリランカにサーファーを呼ぶビジネスを始めるから御社にも必ず貢献できます」というようなことを熱く語ると、なんと!オーバーチャージを全て無料にしてくれたのだ。

サーフトリップ専門会社のサンライズホリデーにも挨拶に行くと、社長から「これからはサーフツアーの手配もマンボーや君たちにお願いしたい」と言ってくれた。
全てが順風満帆だった。

サーフツアーはローカルのマンボーや彼の仲間がやるべきだと思ったので、僕はあくまでも応援だけすることにした。こういう国で外国人の僕が出しゃばると良いことはないと直感で思ったからだ。

そして、僕は9月に再びスリランカを訪れた。ショップを作る予定のヒッカドゥワは雨期の真っ盛り。
サーファーが訪れ始める乾季になる11月まであと2か月ほどだった....

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(スリランカ南部のウェリガマ)

本格的に行動する前に一つ気になることがあった。

スリランカで初めてのサーフショップを作るのに海外渡航の経験のないマンボーは当然サーフショップを見たことがない。
それだったらまずはそれを見に行こう!とマンボーに提案した。

それにお互いの信用を深めるのに旅に出掛けるのが最良だと思ったからだ。
手っ取り早くバリを提案したが、スリランカ人のマンボーはビザの申請が大変ですぐにビザがおりないらしい。
それではと比較的簡単にビザが取れるタイに行くことに決めた。

タイもプーケットでサーフィンができるし、サーフショップもある。
前回の話で登場した松永さんも今回の話に感動してくれてカンパまでしてくれた。

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(スリランカでは牛も道路にいる)

いざタイへ



僕らはタイに着くとまずはタイツーリズムの本拠地、カオサンロードに向かった。

ここは世界中からバックパッカーが集まってくる安宿街だ。
タイのあらゆる所へアクセスする拠点ともなっている。

まずここに泊まってマンボーにバンコクを案内した。都会過ぎるタイの首都に2泊もすると生まれながらのビーチボーイはもう息が詰まりそうだと言い出した。
それならと思い、僕らはバスに10時間ほど揺られてサーフィンのできるプーケットに向かった。プーケットのツーリズムは当時内戦中のスリランカとは比べ物にはならなかった...。

ビーチリゾートにはレストラン、ショップ、バナナボート、クラブとその凄さにマンボーは目を白黒させていた。

僕らはプーケットで波を期待したが、あいにくオンショア続きで波は全く良くなかった。

ある日、マンボーがパンガン島でフルムーンパーティがあるとどこかで聞いてきた。
面白そうなので、早速行ってみようということになった。
僕らはまた8時間ほどかけてバスと船に揺られてパンガン島に移動した。

安宿に宿をとると島を堪能した。
日中はとても美しいビーチだが、日が暮れると同時にビーチにクラブが並び、夜通し音楽が鳴り響く。
朝まで爆音が鳴り続く日本では決して許されないビーチパーティだった...。

白人、ローカル、レディボーイなどいろんな人達でビーチに並ぶクラブは何処も人で溢れていた。
マンボーはこれにもビジネスヒントを得たらしい。

こうして僕たちは少し羽目を外しながらもサーフショップのヒントになりそうな物やツーリストが何を好むのかなどを見て回った。
もちろん、店で売るための商材も沢山仕入れた。このタイで過ごした2週間はマンボーにとってのビジネスの礎になったようだった。

続く。

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