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「2019年スリランカ20周年の旅⑥」

2020-02-14 更新
ハルさんこと福島晴之氏のコラム『One Earth』

「2019年スリランカ20周年の旅」の6話目。

いよいよ完成したスリランカ発のサーフショップ『A Frame Surf Shop』と『Mambo Guest House』
今回は早くも始動したハルさんと仲間のマンボー&チャーミーの奮闘記をお伝えします!

ちなみに次回の第7話目はスリランカ人の恋愛事情が聞けるそうなので、興味がある方はお楽しみに!





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(ヒッカドゥワのビーチブレイク)

サーフショップが完成すると、早速日本から情報をいち早く情報をキャッチしたサーファー達が来てくれた。

最初に来てくれたのが「Lost Surfboard」の代理店をしている西井浩治プロ。
彼は僕が18歳の時に自由が丘のレストランでバイトしていた時からの友人だ。
また、サーフトリップ専門のサンライズホリデーからの集客で全国から沢山の人達が来てくれた。

日本からのゲストが来れば空港まで迎えに行き、一緒に波乗りをして、リクエストがあればサファリにも同行した。

一緒に笑って、一緒に感動して飲食を共にした。
自然体で楽しめる僕の性格はこれが自分にとって天職だと思ったほどだった。

来てくれた人たちは帰り際にオリジナルブランドの『A Frame Surf Shop』のショーツやTシャツをお土産や自分用にと購入してくれた。
他にも僕の友人、実の兄など本当に沢山の人が遊びに来てくれた。

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(サファリのジープ)

日本人だけではなく、海の中で挨拶を交わしていく内にスペイン、フランス、イギリス、イタリアなど世界中のサーファー達も店に来てくれるようになった。

ビーチの上に建つサーフショップの前にはウミガメが卵を産みにやってきた。

シーズン中は毎日のようにやってくる。
店とマンボーのレストランは隣接しているのだが、時たまレストランでみんなが食べているテーブルの横で産卵を始める無神経なカメまでいた。

そして、産卵から2ヵ月ほどすると今度は子亀が砂の中から出てくるのだ。
自然が隣接しているこのビーチライフに居合わせたツーリスト達はいつも感動していた...。

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(ハルさんとイタリアンのお客さん)

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(ヒッカドゥワの波)

シーズン中は僕もマンボーもチャミーも1日も仕事を休むことをしなかった。

僕は自分で事業を起こしたのが生まれて初めてだったので、心の底から楽しんでいた。
店が好き過ぎて部屋を借りることをせずに店の床にサーフボードのハードケースを敷いて寝泊まりしていたほどだ...。

生活のルーティーンは、朝6時に起床するとまずは波チェックをする。
波があればこの時間は風がないのでサーフボードを持って海に飛び込む。

波が良ければ3時間ほど海に入ってから店の掃除をして店番をする。
ツアーの同行が入れば南のポイントにゲストと出かけて一日中サーフィンをする。
夜はみんなが寝るまで一緒にいるので、寝る時間は6時間ほど。

これが南の島での最高のビーチライフだった。

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(スリランカは豊かなフルールに恵まれている)

唯一の悩みは僕の行動を良く思わない人がいたことだった。

当時、ヒッカドゥワに住んでいる日本人は僕ひとり。
日本人が来たことで格差が出来てしまったのだ。

僕は自分がやっていることをみんなが喜んでくれると思っていた。
スリランカは歳上の人間はアイヤ(兄)、年下はマッリ(弟)と呼び合い、アイヤは皆にリスペクトされる。

家族でなくても年上の人はアイヤなのだ。
ローカルの中でもマンボーより年上のサーファーにはマンボーも敬意を払う。
そんなアイヤ達にちょっとしたことで僕の行動が誤解を招くこともあった。

当時、『A Frame Surf Shop』に集まるローカルサーファーは20人以上いて一番の勢力を保持していた。

その仲間達がいつも僕を気遣ってくれてアイヤとの間に入って説明してくれていた。
彼らのおかげで数年後にようやくアイヤたちの誤解も解く事ができたのだった...。

続く。

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