「2019年スリランカ20周年の旅⑮」
2020-04-25 更新
ハルさんこと福島晴之氏のコラム『One Earth』前回はカナダ特別編をお届けしましたが、今回はスリランカの話に戻ります。
18年前にスリランカで挙げた結婚式は一生思い出に残る貴重な体験の数々。
最後はスリランカらしい一幕も...。
スリランカで結婚式
僕はスリランカと日本で二回結婚式をしました。
今回はスリランカでの結婚式のお話です。
スリランカで『A Frame Surf Shop』を初めて2シーズン目、日本から友達の女の子が僕を訪ねてスリランカに遊びに来ることになった。
生まれて初めての海外旅行に知り合いの僕が居るという理由でスリランカを選んだそうだ。
彼女が「ボディボードをやりたい」というので、波のメローな場所で波乗りを楽しみ、サファリでキャンプもした。
また、僕も行ったことがなかったスリランカの観光地を一緒に旅をした。
以前にこのコラムで書いたが、スリランカでの恋愛事情を知ってから僕は男塾な日々が続いていた。
訪ねてきたのは僕にはもったいないくらいの美人、彼女もちょうどフリーだったので僕は積極的に?仲良くなった。
スリランカでの旅に彼女も感動してくれたようで、8日間という短い日程で来てくれたのだが、空港に送っていく時にはお互い別れがちょっと辛いくらいの心情になっていた。
その年のオフシーズンに日本に帰ると僕らは正式に付き合うようになった。
そして、2002年のシーズン彼女は日本での仕事を辞めて僕と一緒にスリランカで生活するようになったのだ。
スリランカに行ってから2年は『A Frame Surf Shop』の中で寝泊まりをしていた僕もこの機会に店の近くに家を借りて生活するようになった。
一緒に働いていたチャミーも同居することになった。
ここでの生活はとても楽しかった。
家の庭には猿やリスが毎日の現れ、夜はまるで星空のように蛍が乱舞していた...。
付き合い初めて1年後、僕たちは結婚することにした。
早速、マンボーにそのことを告げると「ハル、明後日ウェディングパーティをしよう」と提案してきた。
ずいぶん急だなぁと思ったが、僕もノリで行動するタイプなので「段取りをよろしく頼む」と言った。
翌日全てを段取りしたマンボーは少し得意げだった。
結婚式当日、どこの国でも一緒だが、彼女の方は朝早くから着替えに化粧にと出かけて行った。
僕の方はその辺で買ってきた白いシャツにサロンと呼ばれるロングスカートを履いて仕上げにマンボーの家にあったヤシの実から作ったヘアオイルを塗って完成。
’スリランカ美女風’に仕上がった彼女の用意ができたところでローカルのみんなと一緒に役場のようなところに行った。
そこにいたおばちゃんに説明を受けて「Yes,Yes」と頷くと目の前で書類にサインをした。
スリランカでの結婚証明書の出来上がりだった。
その後、ヒッカドゥワで高級と言われたリフレッシュというビーチのレストランにて50名ほどで昼食をした。
どういうわけか会ったこともない人も数名混ざっていた...。
招待した人が払う習わしなので、気軽に知り合いの知り合い的な?人が来るところが面白い。
食事が終わって通りにでると、なんと!道に牛車が用意されていた。
みんなに促されて僕と嫁ふたりで荷台に乗ると、そこから1㎞ほどパレードがスタートしたのだった。
参道には手をたたいて祝福してくれる人達。
そして、やんちゃなローカルが牛車めがけて爆竹を鳴らすと驚いた牛が二本足で立ちあがり、危うく荷台から投げ出されそうになったりとドタバタだった。
『A Frame Surf Shop』まで戻ると早速2次会がスタートした。
酒を飲み交わすローカル達を横目に店の前でブレイクしている波が良すぎたので、すぐさま衣装を脱いで海パンになるとサーフボードを片手に「30分だけ海に入ってくる」と言い残し、僕はひとりで海に飛び込んだ。
結婚式の日だってサーフィンができるなんてスリランカはやっぱり最高の国だ。
続く。
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