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「サーフィンカルチャー今昔物語1」 - F+コラム

2026-07-20 更新
Text by つのだゆき、Photo by snowy

日本人の外国人コンプレックスとか外国コンプレックスとか英語コンプレックスとかは、急速になくなりつつはあるものの、日本人の心のどこかに確実に巣くっていて、時折いろいろなことの足を引っ張る。原因は歴史的なことに求められるのかもしれない。例えば鎖国後の開国時に海外との文化の差(私は決して日本が劣っていたわけではないとは思うけど)をたたきつけられた黒船ショック、第2次大戦後のGHQによる占領国時代に植え付けられた自分たち(日本)がいかに間違っていて、西欧諸国がいかに正しく進歩的か、みたいな教育……それは戦後80年たっても世代を超えて脈々とつながっていて、いざとなったらアメリカに頼る、みたいなことってごく自然に行われているけど、国としてはおかしなことだと思う。
サーフィンというのはその西欧諸国からやってきたスポーツ(なのかな? レジャー?)だ。アメリカンカルチャーのエッセンスと共にサーフィンUSAのリズムに乗ってやってきた60年代は、まだほんの一部の太陽族的なお金持ちのボンボンのものだったわけだけど、それが70~80年代、ケリー・スレーターが登場する90年代と一般レベルにも広がってブームになる。アメカジ、レインボウカラー、ココナッツツリー、カラパナ、セシカポ……今サーフィンをしている中高年の人たちは、80年代90年代のサーフィンブームのど真ん中にいたわけだけど、その人たちが今も現在のサーフシーンの中心で、メインマーケットでもある。で、その人たちはノスタルジックな思いも含めて、昔の盛り上がってたシーンを復活しよう、とか言うわけだけど、なんかこの間、ふと、本当に今より昔のほうがサーフシーンは盛り上がってたんだろうか? と考えてしまった。

どこで切るかの問題はあると思うけど、賞金額とか、世界で活躍する選手の年収は、コンペシーンで切れば昔より今のほうが格段の盛り上がりだ。一般人の中でのサーフィンの認知度は間違いなく昔より今のほうが高いと思う。

エフプラスコラム
1994年のコーククラシック、優勝はシェーン・パウエル、左が2位のバートン・リンチ? ハイグレードな最終戦だったので35000ドルの賞金
エフプラスコラム
通常はこの徳島プロの97年の写真のように優勝25000ドル、2位12000ドルだった。
今は優勝80000ドルだけど、広く薄く的な賞金配分なので、イチコケ2コケでも10000ドルオーバー。17位でも当時の2位より多い13000ドル。しかも男女同額


昔は今と違って勝手に流れ込んでくる情報ではなくて、自分で取りに行く情報文化だった。書店に足を運んでサーフィン専門誌を買う、そういう人達が集まる場所、サーフショップや夜の店に行く、そういう仲間と話をする……どの方法でも自分が動いて取りに行かないと情報は手に入らず、サーフィンは広く浅い一般エリアに転がっていたものではなかったと思う。少なくとも大手スポーツ新聞で扱われるようなものではなく、もっとコアな、ある意味特殊な人種の集団で、普通の人から見たサーファーの立ち位置なんて考えもせずに、自分とその周りのみんながサーフィンがカッコいいと思ってる、と勝手に信じていたし、その偏ったバイアスの中に呑み込まれてただけなんじゃないだろうか、と思う。あの当時ですらサーフィンに関係のないところにいた友人にサーフィンの話を振っても、あぁ、友達でやってる人がいるね、ぐらいな感じだったと思う。

ただ、現実問題として当時の国内のサーフィン業界は潤っていてお金は回っていたので、それをもってしてあの繁栄をもう一度というなら、日本から世界規模で商売しているサーフブランドが出ない限り無理な話だ。
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1984年のファインの表紙
サミーサーフのクラブ員っぽい集団。センターの黄緑パンツは若き頃の風間トオルですよね。確かファインの読モでした。ま、盛り上がってるよね、タイトルとか見ても元気すぎ(笑)。このエネルギーって何だったんでしょうね


日本のサーフマーケットが大きく減速した理由のひとつに、インターナショナルブランドのグローバル化があると思う。当時日本で流行っていた大手インターナショナルブランドは、個人が設立した日本の企業が独占販売業者として輸入販売を行っていて、経営管理権は国内にあった。現在はほぼすべての海外ブランドは海外の本社の支社的なもので、本社に経営管理権があり、コントロール権は本国にあるわけで、その場合今まで国内マーケットを潤わせていたお金は本国に吸い取られ、川下に流れてくるものは微々たるものとなっていくのがお約束。しょせん他人のふんどしでの商売は利が薄い。マーケットの構造上の変化として、国内シーンにはお金が回らないようになったということで、シーンの盛り上がりとは別なのかなと思う。
育成の話でも触れたようにそれらの会社は株式上場企業であり、投資家グループの思惑で2大巨頭の大ライバルだったビラボンとクイックシルバーが同じ傘下に入るなどという、サーフブランド全盛期には誰も考えもしなかったことが現実となっている。

つづく
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