【現地コラム】岩手県・浪板④
2011-05-30 更新
東北地方を中心に、各地に大きな爪あとを残した「東日本大震災」。現在も避難生活と懸命な復興活動が続いていますが、現地コラムとして各地の現状などを定期的にお届けします。
岩手県・浪板
第4回 娘のもとへ
まずは息子を避難所にいる知り合いにお願いして、私と妻でリュックサックを背負って津波の来なかった裏道を歩いて高台のお寺へ。
高台からの景色は、今までの町の景色とは全く変わっていて、お寺の下まで瓦礫の山になっていた。
中学校の校長先生が、市役所方面に歩いて行ったという情報を聞き、市役所に行く事に。
そのお寺の裏山を下って降りて、また次の高台にあるお寺に登り、そのお寺の裏山の急な坂道を下り市役所へ。
市役所にも津波が押し寄せ1階はメチャクチャ。
どこかのおじさんが「さっきこの瓦礫の下から何人かの遺体が出て、運ばれていった」と話していた。
まだこのガレキの下に沢山の人がいるんだろう・・・。
そう思うと、今まで体験したことのない現実に何とも言いようのない気持ちになっていた。
市役所の2階に上がり、対策本部へ行き学校の情報など聞きたかったが、市役所の中もまともに機能できていない状況。
「釜石中学校の校長先生いませんか~?」と大声で叫んでも、みんなそれどころではない・・・。という感じで、私達は二人で校長先生を探して歩いた。
でも、校長先生とは行き違いになってしまったようで、私達に気付いてくれた方が声をかけてくれた。
娘に会いに中学校へ行きたいと伝えると、「今中妻方面に行くバスが出るからついてきて」と言われ、今下ってきた山道をまた登り、お寺を越えてバスが出る所まで行った。
丁度バスが出るところで、妻と二人でそのバスに乗り込みました。
普段通っている国道は通れないため、昔使っていた旧国道(山道)を通って一山越え、瓦礫を片付けた裏道を通って、津波の被害がなかった川向こうへ向かうルート。
バスの中は、みんな無言。
旧国道へ行くまでの道を通り、「ここまで津波が来たのか・・・」とか、あとはため息ばかり。
物資が届かない地区へ食材を届けるため、背中に沢山の荷物を背負って山を越えて歩いて行く!というおじさん達も乗っていた。
この山を越えてあの荷物を持って歩いて行くのか・・・。そう思うと、それは本当に気が遠くなるような距離。
田舎の山は高くて険しい。
これも、きっと待っている家族や、知り合いの為に運んでいくんだ・・・。
そう思うと、決して若くはない彼らの思いに、熱い気持ちがこみ上げてきた。
狭い旧国道は、そこしか通れる道が無いため、救助に行く自衛隊の車や救急車、パトカーなどとすれ違い、ここで地震がまた来たらこの道も土砂崩れなどで封鎖されてしまうのではないかと思うと、早くこの道を抜けたい気持ちでいっぱいだった。
旧国道を抜け川向こうの中妻に着くと、そこは今までと何も変化の無い釜石の町だった。
...続く
--------------------岩手県上閉伊郡大槌町
K-SURF
杉本浩
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