「北欧からプーケットへ②」
2013-03-16 更新
デンマークには僕が子供の時からの友人が住んでいる。
僕が神奈川県の逗子に住んでいた頃、近所に住んでいた日本人とデンマーク人のハーフで名前をトアという。
トアにはケントというサーファーの弟がいて、僕ら兄弟と仲良くしていた。
今回のデンマーク滞在はトアの家に泊めてもらった。トアは日本に住んでいた時に土方仕事をしながら、「ハル、オレは将来パイロットになってスチュワーデスと毎日パーティをしたいんだ」とよくバカなことを言っていた。
それから数年後。トアは土方で貯めたお金で単身アメリカに渡り、セスナの免許をとると、そこの飛行学校の教官になって飛行時間を稼いだ。
数年後にトアからの電話で本当にジェットのパイロットになったことを聞いた時、僕ら兄弟はびっくりした...。
スチュワーデスとのパーティは余り無かった(笑)ようだが、念願(?)のスチュワーデスと結婚し、北欧の航空会社でパイロットをしながら幸せそうに暮らしていた。
余談だけど、ケントは鵠沼にある「Jade」というサーフショップを経営している。
ケントは僕がオーストラリアにいた頃、ブリスベンの全寮制で厳しい高校に在籍。僕を親戚のお兄さんと偽り、寮から抜け出す口実を作っては毎週二人でサーファーズパラダイスやクーランガッタへ波乗りに行っていた仲だ。
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翌朝、僕はトアの家を出発すると次の出張先、スウェーデンのストックホルムに向かった。
ストックホルムでは、子供用のアウトドアウェアの商談が主。僕にも小さい子供が二人いるので、話も弾み、とても楽しい仕事だった。来年も可愛らしいウェアが発表されるようだ。
これで今回の出張での仕事はすべて完了!
コペンハーゲンの空港からタイ航空に乗り、スチュワーデスのコスチュームとタイ料理の機内食を食べると、頭の中はすぐに南国モードに切り替わっていた。
タイへの出入国のスタンプを数えると21個目になっていた。
その昔、スリランカでサーフショップをやっていた頃。日本に半年、スリランカに半年というスタイルで2か国の中間にあたるタイにも、ついで旅行を良くしていたのを思い出す...。
妻と1か月単位でプーケット、北部にあるチェンマイ、隣国のラオスと色々と巡った。
タイはどこでも簡単に行けて予算に応じた宿泊が簡単に見つかるので、世界中の人が旅をしに来る。
今回行くプーケットにも、過去2回ほどサーフィンをしに行ったことがあった。
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バンコクに到着したのは朝の7時。久ぶりに訪れたバンコク空港はリニューアルされていて、とてつもなく大きく近代的になっていた...。
説明するのは難しいけど、リニューアルされる前の方がアジアの雰囲気がどっぷりと出ていてよっぽど良かった。
バンコクからは「Air Asia」に乗り換え、1時間ほどでプーケットへ。空港から一歩外へでると暑くて開放的な空気に包まれる。
寒い北欧から来たので、鳥肌が立つほど嬉しくなった。
予約していたホテルのあるパトンビーチは最も観光客が集まる場所で、とてつもなく賑やかだった。
チェックインを済ませると、すぐさまビーチに波チェックに出掛けた。残念だが波はほとんどフラット。ビーチで働くドレッドヘアーのローカルサーファーに声を掛けると、「モンスーンが終わって乾季になったので波は無いよ」と言われた。
仕方が無いので、この日は1日ビーチでゴロゴロ。ビキニの女の子をサングラス越しに見ながら、喉が渇けばシンハーというビールを飲み、美味しいものを食べて時間を費やした...。
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プーケットに訪れ、次はいよいよ本格的に海へ。
2012年の夏のインドネシア・南スマトラでの肉離れ以来、
海から遠ざかっていたハルさんのテンションも上がっていきます!
アジアならではの光景も...。
次回の「One Earth」もお楽しみに!