種子島でのファイナルイベントレポ&コラム
2006-11-13 更新
11月1日~2日に行われた、スタートの地でもありゴールでもある種子島でのファイナルイベントは、Keisonとのジョイントライブという形で開催!久米ファミリーのゴール、旅の写真を楽しみにしていた地元の仲間たちが大勢集まり、天ぷら油の苦労話や旅のエピソードを写真と共に紹介。また、種子島で写した「まぁるいもの」を紹介していた旅の途中の映写会とは逆に、今回の旅で写した「まぁるいもの」をKeisonの音楽にのせての映写会は、終始アットホームな雰囲気の中で大いに盛り上がりました!
なによりも家族全員の無事のゴールが島で待っていた仲間たちにとっては一番のまぁるいものとなったようです。
さて、無事種子島に帰還したミツさんからコラムが届いていますのでご紹介。
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旅の終わりは始まり
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今回の家族での旅について思う事、それは全国公園の旅というタイトルもできそうなほど公園に行き、子供と遊べたのが楽しかった。車としては広い、家としては狭い空間に、ずっと一緒だったのもいい経験だった。いろんな景色を一緒に見てきたし、僕の写真も飽きるほど見せた。ユカとも長いこと一緒にいれて、ケンカもあったけれど、楽しい話もできた。「明日どこ行こう。今日は何しよう。」そんな暮らしが楽しくない訳がないのです。実際のところ、家族と一緒だから、写真を撮りたいけれど撮れない事が多かった。そのことでイライラすることもあった。でも、家族と一緒じゃなければ撮れない写真も沢山あるって気付いて、焦りのような苛立ちがなくなりました。家族というものを、こんなに感じられ、一緒に過ごせたこの半年間は、いい時間でした。
そして、この旅で忘れられないのは天ぷら油、あー天ぷら油。これは僕の頭をかなり悩ませた。車の知識のほとんどない僕にとって、トラブル続きのムンボバスには手を焼きました本当に。試験走行なしのぶっつけ本番走行で、トラブルが無いわけないのだけれど、正直なところ、途中では天ぷらで行くなんて言わなければよかった、と後悔することが多々ありました。一日に何度もバスのエンジンが止まり、その度にその原因を探さなければいけないと言うのは、想像以上に辛いこと。でも、使った後の天ぷら油そのままをタンクに入れ、エレメントといわれるフィルターを変えることなく300キロ走ることができたのは、大きな成果でした。今の配管ホースを強いものに変え、ポンプを付け足してあげれば、もっと走ることができるようになりそうで、これは僕自身だけでなく、旅先で出会った人の助言や取り付け作業をしてくれた人の力も加わってのことで、ひとつの旅の成果だと思っています。
旅から帰ってきて思うことは、帰るところがあるから旅なのかな、ということ。島の慣れてしまって見えなくなってきていた景色が、また見えてきたのもうれしいかな。住み慣れた場所というのは、仲間もいるしやはりいいものです。
「フー」これが最終映写会後に出た言葉。なにか、やり遂げた感が強い。もっと力抜いて旅したかったのに、力入っていたのかな。いや、何が「フー」なのかは、分かっている。それは人前に立って話したから。写真を撮るものにとって、言葉はいらないし、ましてや話しは必要ない、写真で表現するもの、というのが写真の世界。その考えからすれば、僕は写真家です、なんて言えたものじゃない。でも、公園に紙芝居がやってきたような、そんな映写会の形もありだということが、経験で感じられました。僕は自称写真家。写真を見れば「これは久米満晴の写真だ」と言われる日まで、進んでいきたい。
今回の旅は、僕の写真を多くの人に見てもらいたくて、出てきた旅。地道に53回映写会をやれたこと、もちろん協力して頂いた方がいたからこそなのですが、島に着く直前に数えてみて「よくやったなぁ」と達成感ありました。
旅の終わりは始まり。今回お会いできた方々のところへ、きっとまた行きますよー。
まあるいもの、それは目に見えない人の優しさや、笑い顔なのかな、と感じた旅でした。
ありがとうございました。
久米 満晴